2009年11月 1日 (日)

名松線 一部廃止か?

 10月8日、東海地方は台風18号の直撃を受け、各地で大きな被害ができました。

 その中で、JR東海・名松線も土砂崩れなどの被害を受け、一時全線、普通になりました。その後、松阪~家城は復旧しましたが、家城~伊勢奥津は不通のままです。そして、10月29日、JR東海は、名松線の不通区間を廃止する方針であることを発表しました。

 名松線は、かつて廃止対象線区に選ばれていましたが、だいたい道路未整備を理由に、今日まで存続しています。もともと利用者が少ない上に、復旧となると、会社として大きな経済的損失となるのは、明らかです。

 わたしは15年ほど前に、全線乗ったことがあります。平日、昼間に乗ったら、全線通して乗客は多くありませんでした。ただ、帰りの松阪へ向かう列車に家城から学生が大勢乗ってきたのを覚えています。なので、家城~伊勢奥津を廃止しても、それほど困らないのではと思います。

 しかし、鉄道ファンとしては、一部区間でも廃止されるのはさびしい限り。これまでにも災害のため、いくつもの線区が廃止されてきました。何とか存続の道はないでしょうか。

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2008年2月10日 (日)

久しぶりにクロスカントリースキー

今冬は、全国的に雪のニュースが流れても、わたしの住む地方は雪が降ることがありませんでした。しかし、さすがに昨日はこの辺りでも10㎝前後の積雪がありました。

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 わたしの冬の楽しみとして、クロスカントリースキー(クロカン)があります。最近はずいぶんご無沙汰ですが、7年ほど前は雪の便りを聞くと、乗鞍や白馬へ車を飛ばし、雪の中をスキーで歩いていました。

 この大雪に、久しぶりにクロカンの虫が騒ぎ、05年12月以来、家からすぐ近くの広場やそこに続く農道を歩くことにしました。広場では数名の子どもが遊んでいましたが、気にせずに準備をして歩き始めました。久しぶりの感覚にワクワクします。自宅からほんのわずかな距離の場所でクロカンができるなんて、夢のよう。ところが、しめった雪なので、スキー板に雪がくっついてしょうがない。ワックスは随分前に無くなってしまったので、そのまま歩くことにしました。広場から誰もいない農道に場所を移し、黙々と歩いたり、滑ったりしていました。次第に暗くなってきたので、1時間ほどで切り上げました。
 05年12月より、今回の方が積雪があり、歩き甲斐、滑り甲斐がありました。

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 できれば、乗鞍とか、白馬とかちゃんとしたスノーフィールドを歩いてみたいものです。

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2007年10月 8日 (月)

無念 ノリック事故死

 昨日、二輪レーサーのノリックこと、阿部典史が事故死したそうです。 以前より注目していたので、ショックです。

 わたしは、10年ほど前からロードレース世界選手権(WGP、MotoGP)に注目しています。
 注目し始めた頃は、NHK-BSで中継があり、ノリックはすでに500ccクラスで活躍していました。そのころは長髪が印象的でした。
 ノリックと言えば、何と言ってもロケットスタート。後方から一気に先頭集団に入ってしまう姿は見ていて爽快でした。ただ、1コーナーで先頭集団に入ったとしても、その後はずるずる下がってしまうことが多かったのが残念でした。
 500ccクラスがMotoGPクラスになり、4スト主流の中、ノリックは2ストでがんばっていましたが、かつてのような好結果が出すことができませんでした。2005年からはスーパーバイク、今年は全日本と、舞台を変えつつ活躍していました。

 先日のMotoGP日本GPでは、ゲストながら久しぶりに彼の元気な姿を見ることができました。これが最後になってしまったなんて信じられません。

 再び、世界の舞台で彼のライディング見てみたかった。

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2007年7月15日 (日)

久しぶりの温泉

 7月の3連休の中日の15日。午前中に台風4号が去り、晴れ間が出てきたので、久しぶりに温泉に出かけました。

 静岡県浜松市浜北区(旧浜北市)の浜北温泉「あらたまの湯」に行きました。今年の4月に開業したばかりだそうで、とてもきれいでした。駐車場に隣接して、売店兼足湯兼温泉スタンドの建物があります。
 浴室は、天井が高く、広々した感じです。「森林の湯」と「石庭の湯」があり、男湯と女湯が週替わりだそうです。この日は、男湯が「森林の湯」でした。
 肝心のお湯は、静岡県には珍しく、ナトリウム-炭素水素塩泉で、超ぬるぬるのお湯でした。岐阜県の池田温泉と同じような感覚でした。湯温はほとんどの浴槽が約40℃に設定してあって、わたしとしてはちょうどいい湯加減でした。

 風呂上がりに、携帯でこの近くに未踏の温泉がないか検索したところ、浜松市南区の天然温泉使用のスーパー銭湯「極楽湯 佐鳴台店」を見つけした。
 場所はJR高塚駅から2㎞ほど浜松駅よりの新幹線と東海道本線にはさまれた住宅地にありました。休日の昼間だったので、けっこうな人の入りでした。
 お湯は、特に温泉らしさはなかったのですが、何となく温泉ぽい感じはしました。

 ここしばらく忙しい日が続いていましたが、仕事が一段落し、久しぶりに温泉に入ることができました

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2007年1月29日 (月)

心の故郷 宮崎県の新知事

 1月21日、宮崎県知事選挙が行われ、元タレントのそのまんま東氏が当選し、1月23日から本名・東国原英夫として、政務を始めました。この1週間、鶏インフルエンザ騒動もあって、宮崎県が全国メディアで毎日のように取り扱われています。

 わたしは、小学1年の2学期から中学2年の夏休みまで宮崎市で過ごしました。父親の実家が延岡市(旧北方町)にあり、わたしの本籍地は現在もそこにあります。以前からプロ野球のキャンプシーズンには大々的に宮崎県が取り上げられていましたが、それ以外で取り上げられることにうれしさを感じます。

 さて、宮崎県は保守的な土地柄で、長い間、保守的な知事が続いていました。6期20年にわたり知事の座にあった黒木博氏の受託収賄での逮捕は、幼いながらに記憶に残っています。続く、 松形祐堯氏も6期24年の長きに渡り知事を務めました。昨年12月に逮捕された安藤忠恕氏はかつて黒木博氏の元秘書だったそうで、やはり因縁でしょうか。

 宮崎は、40年ほど前は新婚旅行のメッカでした。温暖な気候だし、それなりの観光地もあるのですが、現在は地理的なこともあり、さびしい状況です。鳴り物入りでオープンしたシーガイアもさっぱりのようです。

 そんな中での、東国原新知事の当選は、宮崎県史上において最も明るい話題の1つではないでしょうか。わたしにとっては本籍があるだけで、現在は何の関係もありませんが、我が心の故郷がどのように変わっていくのか、遠くから楽しみに見ています。

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2007年1月14日 (日)

2007年の初駅弁

 遅ればせながら、あけましておめでとうございます。

 1月2~4日にかけて、わたらせ渓谷鐵道、上毛電気鉄道、上信電鉄、秩父鉄道、真岡鐵道、東武鉄道の地方線に乗りつぶしてきました。また、6日に長良川鉄道に乗ってきました。その途中で、いくつか駅弁を食べました。

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 1月2日、高崎駅で今年の初駅弁、「ハローキティのだるま弁当」を購入しました。完全に子ども向けなので、列車内で食べるのがはずかしかったです。キティちゃんの形のかまぼこやキティちゃんがプリントされたウインナなど子どもが好きそうなものばかりで、ふつうのだるま弁当とまったく中身が違います。

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 夜行快速「ムーンライトえちご」で夜を過ごすために、高崎から上越線で北上しました。途中の越後湯沢駅で長時間停車がありました。すでに21時を過ぎているので、駅弁は売っていないだろうと思いつつ、売店に足を運ぶと、何と売っていました。2種類ある内の「特製かにずし」を購入しました。海から離れた内陸の越後湯沢ですが、かにずしです。酢がきいています。


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 1月3日、浜松駅で、正月なのでと奮発して「濱松うなぎ飯」(1500円)を購入しました。たれのしみたご飯の上に薄焼き玉子がのり、その上に1匹分のうなぎがのっています。うなぎは冷えると、固くなってしまいますが、この駅弁のうなぎは、1500円するだけあって、冷えていてもやわらかく、おいしいです。添えてある肝の佃煮の味も格別でした。


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 1月4日、ずーっと18きっぷの旅を続けてきましたが、帰宅途上、熱海駅から豊橋駅まで新幹線に乗りました。新幹線に乗り換える際、熱海駅で、「特製おたのしみ弁当」を購入しました。内容は幕の内弁当ですが、シューマイや肉味噌が特徴的です。製造元が小田原の会社なので、シューマイが入っているのでしょう。肉味噌がおいしかったです。


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 熱海駅に続き、豊橋駅で、「うなぎ飯」を購入しました。冷えていてもうなぎは身皮ともに柔らかく、しっかり味が付いています。しかし、時間がたってしまいご飯がかたいのが残念でした。


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 1月6日、長良川鉄道に乗ってきました。10年以上前に美濃白鳥までは乗っていますが、それ以北を乗ったことがなかったので、乗ってきました。長良川鉄道の起点、美濃太田駅で「松茸の釜飯」を購入しました。ふたを開けると、松茸のいい香りがします。全体的に味が整っていておいしいかったです。ただ、缶詰めのさくらんぼはいただけないです。

 

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2006年11月11日 (土)

テレビの買い換え

 わが家では、ソニー製のブラウン管テレビを8年ぐらい使ってきました。ところが、数ヶ月前から音が途切れるようになってしまいました。配線の接触不良なのか、本体をたたいたり、チャンネルを動かしたりすることで、再び音が出ます。2011年も控えているので、思い切って買い換えることにしました。

 まず、家電量販店に行きました。時代は薄型液晶テレビ。ブラウン管テレビより劣る部分がたくさんあるのに、価格も結構するというのに、消費者は液晶を選ばざるを得ない。仕方ないと割り切るしかなく、その中から優れたものを選びたい。サイズはわが家のリビングを考えて、32型に決めました。

 ソニー製のテレビを使っているので、ソニー「BRAVIA」に絞り、カタログを持ち帰りました。さらに、「価格.com」で価格の検討に入りました。ところが、いろいろと調べていく中で、画質や残像処理などの面でソニーは他社より劣ることを知りました。残像処理では、パナソニック、日立が勝るとのこと。
 再び、家電量販店に足を運び、ソニー「BRAVIA」、パナソニック「VIERA」、日立「WOOO」を見比べてみました。3社を同じ番組にして、見比べてもよく分かりませんでした。店員さんに話を聞いてみたところ、残像処理については、やはりパナソニック、日立が勝るとのことで、2社のカタログを持ち帰りました。「価格.com」のクチコミ情報も参考にしながら検討した結果、パナソニック「VIERA TH-32LX600」に決めました。

 しかし、16万円前後するものなので、購入の踏ん切りがつきません。音が途切れがちだったブラウン管テレビも音が途切れなくなったし。

 機種決定から、しばらく経った、11月5日、ネットで購入をすることを決め、「価格.com」で価格比較をしました。送料無料で、クレジット払いができるショップの内、最安値のショップを探したところ「murauchi」が、154,800円(税込み)でした。
 16時19分、注文が受け付けられ、その日の20時33分のメールに「商品を発送しました」とありました。早い!と言うことは、明日には届くと言うことか?翌日、職場で、配送業者の配送状況を何度もチェックしていました。そして、退社間際にチェックしたら、「18時45分配達完了」の文字が。急いで帰宅したところ、玄関に商品が置いてありました。早すぎる。

 早速、箱から出して、セッティング開始。まず、薄さに改めて驚きました。しかも、軽い。場所を決め、アンテナ線を差し、準備完了。スイッチオン。ところが、番組が映りません。何やらメッセージが映り、番組を見るための設定が必要とのこと。わたしは機械に強いからいいのですが、機械が弱い人にとっては辛いですね。
 画面の指示通り、設定していくと、ようやく映りました。地上デジタル放送の美しさに感動しました。また、BSデジタルも見られるようになり、チャンネルの幅が広がりました。データ放送も楽しそうです。

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2006年10月15日 (日)

赤沢森林鉄道乗車体験記

 ぐずついた天気から一転、好天に恵まれた10月の3連休の最終日、10月9日に長野県上松町の赤沢自然休養林へ行ってきました。

 赤沢自然休養林は、豊臣秀吉、徳川家康の時代から厳重に管理され、明治に入ると、「御料林」と呼ばれる皇室の財産として管理されてきました。現在は国有林だそうですが、ひのきを始め、立派な木々が今も守られ続けています。
 主目的は観光用に復活した赤沢森林鉄道に乗ること。赤沢森林鉄道は、かつて小川森林鉄道の名で、御料林からの木材を中央本線の上松駅まで運び出すために大活躍していました。小川森林鉄道は昭和50年に役目を終えましたが、その一部区間(赤沢~丸山度)が昭和62年に観光鉄道「赤沢森林鉄道」として復活しました。

 東名高速、東海環状道、中央道、国道19号経由で走ること3時間、ようやく赤沢自然休養林に到着しました。

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 駐車場から階段を上っていくと、赤沢森林鉄道の改札所・乗り場があります。休日は30分おきに列車が運行されています。森林鉄道に乗る前に、森林鉄道記念館をのぞいてみました。かつて森林鉄道が現役だったころの写真を始め、鉄道関連のものが多数展示されています。森林鉄道記念館の右側に車庫があり、いくつかの車両が保存展示されていて、そこでひときわ目立つのが特別展望客車(貴賓車)です。昭和32年に皇太子(現今上天皇)殿下が赤沢神宮備林行幸の際に造られたそうです。いまだにピカピカ光っています。

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 そうこうしている内に、12時発の列車が入線していきました。それほど客は乗っておらず、待っている人の数も少なかったです。列車が到着すると、すぐに機関車は切り離され、側線を使って入れ替えをし、先頭客車に連結されました。ポイントの切り替えは手動でした。
 丸山度へ向かうときは、機関車の後ろ側を前にして進みます。運転士は後ろを向きながら運転をしていました。時速はおよそ8キロ。人が走っても追いつけそうなスピードです。路盤や台車が普段乗っている鉄道と比べると良くないので、レールの継ぎ目を通るたびにガツンガツン震動が伝わってきます。ですが、乗っているうちにそれも心地よくなってきました。

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 赤沢を出発して、およそ10分で終点の丸山度に着くのですが、その手前で分岐する線が見え、その先に不気味に2両の客車が置かれていました。丸山度では、5分ほど停車時間があり、その間に機関車の入れ替えが行われます。帰りは機関車の先頭が前になります。不気味な客車に近づいてみました。木造の客車が2両留め置かれていました。前の客車は脱線しています。先ほど森林鉄道の運転手に話を聞いたところ、この先700mほどレールが続いているそうで、今上天皇が皇太子時代に訪れた線がここだそうです。

 再び赤沢に戻ってきました。駅には先ほどと違い、大勢のお客さんが待っていました。

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2006年9月30日 (土)

YS-11が消える日

 数日前、ラジオで純国産旅客機YS-11が9月30日をもって、日本の民間航路から引退することを聞きました。

 わたしは1度だけ乗ったことがあります。10数年前、那覇から下地島へ向かう便がYS-11でした。ジェット機と比べると頼りない機体で、翼近くの座席だったので、エンジン音がうるさくてたまらなかった印象があります。

 わたしは以前、愛知県豊山町に住んでいました。この町にYS-11を製造していた三菱重工小牧工場があります。その近くにYS-11を開発した日本航空機製造のビルが建っていました。物心ついたときにはすでに廃屋になっていて、よく忍び込んで遊んだ記憶があります。現在は、豊山町社会教育センターが建っています。

 民間からは姿を消すYS-11ですが、自衛隊などの機体はまだまだ国内を飛び続けるそうです。

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2006年9月24日 (日)

ピーチライナー廃止直前の旅 

 わたしが生まれた街、小牧市を走る桃花台新交通(通称・ピーチライナー)が9月30日をもって廃止されます。平成生まれの新しい路線でしたが、営業成績が芳しくなくわずか15年で幕を閉じることになりました。
 近いからいつでも乗れると思って、これまで乗ることがありませんでしたが、いよいよ廃止になると言うことで、あわてて乗ってきました。

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 9月23日、桃花台東駅始発列車(5時42分発)に乗るべく、夜明け前にわが家を出ました。走ること1時間、5時20分頃、桃花台東駅に着きました。しかし、車を止めておくところがありません。駅周辺をぐるぐる走っている内に時間はなくなり、たどり着いたのは、桃花台センター近くの商業施設の駐車場。ここに車を置いて、桃花台東駅まで走ったものの、間に合いませんでした。

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 2番列車は車両基地から回送されてきました。ピーチライナーは終着駅ではループ線を使って折り返すので、通常は常に一方通行です。回送列車は通常の最後尾を先頭にして入線してきました。会社発行のピーチライナーの資料には、「運転席が前にしかない」と書かれていますが、最後尾にも回送用に運転席がありました。

 桃花台西駅手前で、小牧駅始発列車とすれ違いました。桃花台西駅を出ると、左手側に遠く名古屋の街並みが見えてきます。名古屋駅周辺の高いビルもよく見えました。桃花台東駅を出て、15分、わずかばかりの客を乗せ小牧駅に着きました。

 折り返し列車は中間車両に乗りました。座席は2人がけと1人がけです。車両中央部に乗降口があります。折り返しは車が止めてある近くの桃花台センター駅で下車しました。まだ6時台なので、人はほとんどいませんでした。

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 さらば、桃花台新交通。

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